平泳ぎ本店 主宰 松本一歩
縁あってPLAY/GROUNDという創作ユニットを主宰されている井上裕朗さんという俳優の方のお話を伺ったとき、とても印象的だったのが「おおげさなようだけれど、俳優は数も多い。一つ一つの現場で、そこに関わる俳優ひとりひとりの意識が変われば、世界が変わるかもしれない。」という言葉でした。
おそらくこうした小劇場で演劇の創作に関わる人たちの中では、劇作家よりも演出家よりも、そして他のあらゆるスタッフの数よりも俳優(そして俳優経験者)の方の数が多いのではないでしょうか。
たとえば今回のこのプロダクションでも、とても印象的なフライヤーをデザインしてくださった宣伝美術の藤尾さんも、とにかく高い水準で仕事を遂行される舞台監督の水澤さんも、プロンプターを勤めてくれているいまいさんも制作助手をしてくれている崎田さんも、もともととてもすぐれた俳優さんだったりします。
自分ではない誰かの言葉を受け取り、その背景を想像し、観るものにそれを伝えるというのが俳優の仕事の一つなのだとすれば、いくつもの立場を経験し、それぞれのポジションの人の心情をわかり、汲み取り、リスペクトを忘れず「より良いものにしよう」と真心を込めて創作に携わりその場所を運営する。そうしたいわば「俳優のマインド」をもった一人ひとりのつくり手が主体的に場の運営や創作に携わることで、自ずと心がこもり、うまくいくと人を感激させることができるようになるのかもしれません。
たとえばメディアアーティストの落合陽一さんは「百姓」という言い方をされますが、私の志す演劇でも、完全な分業性というよりもむしろ分け隔てなくすべてのポジションの人が有機的に創作に関わることができるといいなと思っています。若い世代の人口も減少し、ゆるやかに下り坂へと向かっていくこの国にあって、そうして一人一人が自らのポテンシャルを十二分に発揮し、活躍できるような環境やルールの整備が、限られた人と資源を元にして豊かな劇場文化を実現していくためには必要なのだと心から思っています。
これまで通りのつくり方をつづけていては、演劇はどんどん痩せ細り、とても持続して豊かな作品をつくりつづけていかれない。
願わくはこれから先の将来、新しい演劇のありようを考えようとする時、その先頭にひとりひとりの俳優たちが立っていて欲しいと思います。きっと他のどのポジションの人よりも、俳優は優しくなれる。なぜならこれまで、いちばん弱い立場に置かれてきているからです。俳優は尊い。そうして演出家も劇作家も観客もありとあらゆるポジションで演劇に携わっている一人ひとりが尊い。互いの存在に敬意を忘れず、一度きりの人生のなかで演劇の進歩に資することが出来ればと願いながら、私もまた一人の俳優としてこれからの創作を重ねていきたいと考えています。
※第7回公演当日パンフレットに掲載したものを一部加筆し、再録したものです。2022/09/10