【主宰の反省②】

どうも。

引き続き今回の公演の反省をしていきたいと思います。

しばらくは反省しかしません。

今となっては「反省こそ主宰の生きる道なんだよ。」といった心持ちです。

よろしくお願いします。

前回は「黒字になる気がしない」「思った以上にお金にならない」というお金にまつわる反省でした。

初めから分かっていたと言えば分かっていたことですし、お金のことをやたら書くのもゲスと言えばゲスですが、当事者としては「この先現実的に続けられるのか、或いはどこかで諦めるのか」というかなり切実な問題です。

いわゆる若い役者や劇団員というもののイメージといえばお金がなくて貧乏で、バイトを沢山していて…という感じかなと思います。

劇団によっては入るときに家庭の経済状況をズバリ尋ねられることもあるそうです。あるいは地方から出てきている一人暮らしだと劇団の活動を続けていくのは厳しいと率直に伝えられるであるとか。

なんでそうなるかといえば、演劇の公演では1つの作品に拘束されたというか、費やした時間に見合う対価を受け取れないからです。

たとえば前回の公演でも、稽古から本番まで役者と演出家を1日7時間×40日以上拘束しました。

それに対して公演の収益の中から一人一人が普段アルバイト等で稼いでいる生活費にあたる金額をギャラとして支払えればベストな訳ですが、それは圧倒的に難しいぜ!ということがかなりよく分かりました。

その上でこんなことを言っても詮ないことですが、僕個人として、演劇に携わる人間としての理想は俳優を雇用するという事です。

俳優が「舞台に立つ」こと、そのための稽古をすることに対して報酬を真っ当な受け取れるような仕組みを作ること。その上でよく言われる「演劇では食えない」という常識、常套句に楔を打ち込むというのが一つの夢みたいなものです。

と、カッコいいことを言ってみても、考えれば考えるほどに「これはむつかしいぜ!」ということが実感として、本当に芯からよく分かるようになりました、ということです。

やれやれです。

といってもこれはあくまで理想の話であって、というかそもそも平泳ぎ本店はいわゆる劇団じゃないので別にそんな「俳優を雇用する」とかいう心配はしなくてもいいのです。

実際にこないだの公演に参加した平泳ぎ本店の役者の皆は各自事務所に入って俳優として映像やなんかの仕事をマネジメントして貰っているので、お金は事務所からの仕事できちんと稼げます。

ただ基本的に作品の稽古よりも事務所の仕事優先というのはどうなんだという話もありますが、現実としてそうなので、役者への十分なギャラの支払いというのは正直平泳ぎ本店としては余計な心配と言えば余計な心配です。

なので次回以降、チケット代×席数×ステージ数(+助成金)×60%位で堅実に公演の予算を立てて、その範囲内で収まるように人と場所と時間を選べば無理なくきちんと作品を作り続けていくことは可能です。赤字を出さずに確実に±0から黒字になるように続けられるかと思います。

第1回公演でクラウドファンディングをしてまで(というのは本来用意できる予算のキャパを少し超えてまで)「40日稽古をしてダブルキャストで8日間14ステージ」というそこそこ無謀である意味贅沢なことをやってしまったことの意味は、「とりあえず『出来る』ことを確認したかったから」とか言っとけば格好は付くのかなと思います。

きちんと時間をかけて稽古をして本番を開けるという、養成所の発表会では当たり前にやってたことですが、いざ自分達の手だけでやろうと思うと無茶苦茶大変だということが分かりました。

そんなありきたりな感想でした。

はい。

次に、これはある意味一番大切な事ですが、平泳ぎ本店が何を面白いと思って今後何をしていくのか、どういう作品を作るのかという事もきちんと考えていかなければいけないと痛感しました。

たとえば今回の公演の稽古の仕方やダブルキャストにしたこと、あるいは今回参加した人達が稽古場で使っていた語彙なんかはすべて、僕達が通っていた劇団のやり方に依っています。

正直「舞台を作る」と言ったときにやり方をそれしか知らないというか、養成所を卒業してすぐのこのタイミングで作品を作るとなった時に、いきなり全く新しいやり方を考案するよりはそれが一番コストやリスクが少ないと思ったからそうした訳です。

とはいえ、この先全く同じことを続けていてもつまらないよなと思います。真っ先に僕が飽きてしまうと思います。

大きな劇団がやっていることを平泳ぎ本店みたいな若く小さく持たざる集団が真似したところで、結局それではより大きな劇団やプロダクションや劇場が僕らの数十~数百倍の予算をかけて作る作品に勝てるはずがないからです。

当たり前ですよね。セットでも道具でも衣装でも会場となる劇場でも、より良いものを用意しようと思えばお金があるに越したことはありません。

またお金を掛けるということで言えば、お金をかけるあまりその先にテレビや映画が見えてくるような表現や方法にはあまり興味がありません。

というのはたとえばセットや道具に本物や本物に近いものを用意する、とかです。リアルを履き違えたベクトルというか。

あくまで平泳ぎ本店としては演劇の素朴な面白さを突き詰めたいと思っています。演劇の嘘で真っ向から押しきるというか。

それに、平泳ぎ本店として単に「養成所の発表会」を規模を小さくして再生産したいわけでもありません。それこそ糞つまんないよなと思います。

当日パンフレットに挟んで配っていた「”The Dishwashers”に向けて、一応の理屈」というのにもチラッと書いたことですが、養成所で学んだ新劇の演技の様式や作り方みたいなものは一応それとして、とりあえず一旦脇へ置いておこうと思っています。

それを例えば今回だったら場所や小道具で「相対化する」でも「更新する」でもいいですが、とにかく今持っている何か”以上の”物を手に入れないことには「演劇界」的なところで生き残っていかれまい、と思います。

それにたとえば音響にせよ映像にせよ衣装にせよ、これから先各セクションで沢山の面白い人たちと一緒に仕事をしてみたいとも強く思っています。

その上で、一目で、というのはたとえば舞台が始まって5分で「これは平泳ぎ本店の作品だ」と分かるような指紋、シグネチャーというか作家性みたいなものをこれからの作品づくりを通じて獲得していきたいと思っています。

オリジナリティーですね。オリジナリティー。(平泳ぎ本店に関わる誰かが作家になるor作家を引きずり込めばこの問題の半分は解決する訳ですが。)

たとえば、”The Dishwashers”でも初日二日目とお客様をコックリコックリさせてしまっていた時の上演と、公演終盤修整を繰り返して役者も冴えて来たときの「面白い」上演の差とその原因というのが今は前よりもちょっと分かるので、そのあたりを狙って言語化してカンパニーとしての方法論まで落とし込めればな、なんてことを考えています。

なんのこっちゃという感じですが。

そのために平泳ぎ本店にとって今一番大切なのは、とにかく作品を作り続けるという事です。(なんだか同じところをグルグル回っているような感じになってきますが…。)

来年の間に平泳ぎ本店としては大小合わせて3本は作りたいなと思っています。その合間にどうしたらカナダヘ行けるのか、その手続きやなんかも現実的に考えなければいけません。

1回目が翻訳戯曲だったので日本の作品も勿論やってみたいですし、誰か作家を捕まえて新作を書いて貰うこともあるかもしれません。

やりたい企画のタネ自体は4000個位あるので、あまり心配はしていません。あとはその都度必要な人を集めていけばいい。

「平泳ぎ本店」が興味があるのはとにかく第一に役者、俳優です。第1回公演を観に来てくれた人の中にも「一緒にやりたい」と言ってくれた人がいて、それはなんというかとても良かったなと思いました。

舞台には立ちたい人が立つべきです。「舞台に立ちたい」とか「芝居がしたい」という暑苦しくてちょっと泥臭い感じのモチベーションが平泳ぎ本店の基本的な動力源で、大袈裟に言えば存在理由です。

この先も平泳ぎ本店が用意する企画が、役者や俳優にとって思う存分、自分の際(キワ)が見えるくらいの演技が発揮できるような場所や機会となって欲しいと主宰の僕自身強く願っています。

それでいて「舞台に人がいて、彼らが何か喋っているのがなんとなく面白いからずっと観てられる。」というのが理想と言えば理想だと思います。そのための技術を、平泳ぎ本店としては追求したい。

人間は30秒で退屈するらしいので、退屈させずに。寝させずに。ということです。それが出来なくて公演期間中に反省文を書いたりしていたわけですが…。

と、ここまで書いても、まだ反省したいことは尽きません。

次に向けて今欲しいものや、なんでそもそも演劇をやらなければならないのか問題なんかが残っています。

なので次回に一応まだ続きます。
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これは激しく賛否両論となった、公演序盤の前説の小道具(?)です。平泳ぎ本店の名物となる可能性も秘めていたと思いますが、強い圧力に屈して途中から中止となりました。残念でした。復活が待たれます。
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こちらは劇場のすぐ外の甲州街道を行進していたデモの一群です。この日はSEALDsでした。彼らについて普段是とも非とも思いませんが、「音楽を爆音で鳴らして大声を上げて、ここで今上演している芝居が迷惑を被っているということなんて想像もしてないんだろうな」と思ってしみじみしました。

防音してないこっちが悪いと言えばそうなのですが、そこはシアタープー、「ノーガードで新宿と殴り合い」みたいなとこがありましたので、デモの音に負けじと声を一段と張り上げる役者の姿を客席から面白く眺めていました。

続く

松本

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