Hello.
This is “hiraoyogi honten” blog.
Hiraoyogihonten means “breaststroke theatre company”.
Welcome to our blog!
さて。
海外からも(インドネシアの富豪の方とか)若干のアクセスがあるらしいということで冒頭を英語にしてみました。
どっこい、以下ガンガン日本語なので自力でGoogle翻訳とかして頂ければと思います。
さて。
「あれ、前の稽古の時は面白かったのに今日はそうでもないな…」というのは演劇あるあるといってもいいのでしょうか。
たとえ1度上手くいったとしても、二度三度と繰り返すうちに新鮮味がなくなって飽きてくる。あるいはアラが見えてくるというか。
演劇が反復&再現芸術故の陥穽と言えましょう。
そんなこんなで昨日は若干の停滞がみられた日でした。(たぶん)
試しに稽古場で灯りを入れたり椅子や物を置いてみたりして、本番の雰囲気を掴むことには成功しました。
いい感じですよね。
で、課題を挙げればそりゃもう沢山あるのですが、現状特に難しそうなのはモス(A小川B福留)という役です。
元の戯曲だとおじいちゃんというか、かなり尋常じゃないお年寄りです。海外で上演されたときのイメージだと、
この画像の一番右です。なかなかパンチがありますよね。
これを20代半ばの俳優が演じるとなると結構大変です。歳もイメージもあまりにかけ離れています。
「じゃあそもそもそんな役がある作品選ぶなよ」という話にもなりかねないのですが、それを言い出すと平泳ぎ本店の選べる作品の幅が極端に狭くなってしまいます。
悩ましいところなんですが…。
それか「合う台本がなければ自分で書けば良いじゃないか」という話にもなるのですが、幸か不幸か平泳ぎ本店には作家がいません。
なのでやはり既存の戯曲を扱うことになります。それで今回は「俳優が四人集まったから」という理由で、登場人物が四人(おじいちゃんの役含む)のこの戯曲を選びました。
良いか悪いかはともかく、そういう理由です。
これを制約や枷と考えるかどうかなのですが、なんというか演劇一般に「俳優は身の丈に合った役を演じるべき」「その人のイメージに近い役を振るのが良いキャスティング」という見解があるのも勿論分かるのですが、僕はそんなにそうは思いません。
なぜならそれを言い出したらそもそも日本人がシェイクスピアを演じること自体噴飯物であり、どんな翻訳戯曲もまともに上演出来やしないだろうと思ってしまうからです。
それに現代の作家の宛て書きでない限り、シェイクスピアであれチェーホフであれ、元から自分が発するために書かれた台詞なんか一言もないということはどんな俳優でも分かるはずです。
ちょっとややこしくなりかけてますが、言いたいのはそれが日本の戯曲であれ海外の戯曲であれ、「俳優が役を演じる」という営みに関して言えば、誰がどんな役を演じようと本質的に大差はないのではないかということです。
というか裏を返せばそう言っとかないと平泳ぎ本店的にはちょっとマズいということですね。
「この世の中にはハムレットもロミオもトレープレフもロパーヒンもおらんのです。それを演じようとする俳優がいるだけです。」的な事でしょうか。
だとしたらそれを演じようとする俳優の心意気を買いたい。というか。
事を荒立てたり敵を増やしたいわけでは一切ないのですが、「古典の名作を当代指折りの豪華な俳優、女優を配して上演した割にはほとんど何も観るべきものがなかった」という公演に10000円近くチケット代を払ってしまったというのが個人的なトラウマになっています。
ただの芸能人観覧タイムというか。
その時に「こういう商業演劇と同じルールで戦っちゃダメだ」「(僕の思う)演劇の面白さはこういうことじゃない」とつくづく思いました。
はい。
で、じゃあ具体的に一番最初に出てきたモスというおじいちゃんの役を、平泳ぎ本店ではどうしてくれようという話ですよね。
長くなるので、なんと次のブログに続きます。
平泳ぎ本店 第1回公演
“The Dishwashers”
予約受付中です。
http://481engine.com/rsrv/webform.php?sh=2&d=649e6311d3
クラウドファンディングも、経過順調です。ぜひご一読ください。
https://motion-gallery.net/projects/hiraoyogihonten-1st
松本