壁打ちの壁

演劇にはドラマトゥルクという職能があります。

演劇の事を全く知らない方はまず聞いたこともないでしょうし、俳優や演出家ほどポピュラーではありません。

先にももクロによって映画化された平田オリザさんの高校演劇小説『幕が上がる』(映画版の脚本は喜安浩平さん!)の中でも、主人公のさおりに将来も演劇に携わるよう勧める吉岡先生の手紙のなかで「最近ではドラマトゥルクという仕事もあって…」と、比較的新しい職能として言及されていたりします。(たしか)

で、ドラマトゥルクとはなんなのか?

かく言うこの平泳ぎ本店にもドラマトゥルクがいるので、打ち合わせの時にもメンバーから「ドラマトゥルクって何?」という質問が上がりました。

説明がめんどくさかったのでその時は「ググれ」と一蹴したのですが、実際にググると一番上のWikipediaにはこんな感じで出てきます。

それでもたぶんこの説明だけでも不十分でよく分からないと思います。

こういう本もあったり、あるいは「ドラマトゥルクって何してる人?」というそのものズバリなまとめもあったりするのですが、なかなか一言で言い表すのは難しいというのが現状です。

日本と比べて比較的ドラマトゥルクという職能が発達している欧米でも、仕事の内容もカンパニーや現場ごとで異なりかつ広範で多岐にわたり、特に日本での職能としてのドラマトゥルクが確立してきたのなんてここ10年のこと、といったシンポジウムも昨年開催されたりしていました。

逆に考えれば、それほどドラマトゥルクの正体がはっきりしないほど、演劇製作の現場が混沌としているということでもあります。

会社のように業務がきちんと区分けされている訳でもなく、こう!と決まった作り方があるわけでもないので、ともすればなんとなく皆で頑張って気合いで作れてしまうのが演劇の良さでもあると言えます。

たとえば「皆が頑張って気合いで作る」というのは、本番直前などに「スケジュールが追い込まれてくると各々の領分に少しずつ無理が生じるから、互いにそれを補う」ということで、

具体的にはたとえば衣装作りが間に合わない、舞台セットや小道具を作るのが間に合わないから俳優が稽古後に残って自分で用意する、などそういうことです。

この手の「残業」は演劇をやっていればある種当たり前みたいな風潮もあるのですが、欲を言えば、俳優は演技のことだけ考えてればいいはずなのです。

だから進行に無理が生じないように予めスケジュールを立てて、結果的に俳優を純粋に演技に集中させる。

それぞれの人が本来の領分以上のストレスを抱えないようにする、といったように、各セクションの仕事が上手く機能するような計画を立てる、配慮するのもドラマトゥルクの仕事と言えなくはありません。

とにもかくにも、演劇製作の現場に生じがちな隙間を片っぱしから埋めていく人がつまりドラマトゥルクと言えるかもしれません。

また、こんな言葉も聞いたことがあります。

「ドラマトゥルクとは、テニスの壁打ちの壁みたいなものだ。」

演出家や俳優、スタッフを始めその作品に関わる全ての人がより面白いことを考えられるようになるための、壁。

そのために稽古場にいて、誰よりも作品のことを考えていることで、周りの人とのコミュニケーションを通じて目には見えない形で作品のクオリティ向上に貢献する。

なかなか乙な表現かと思います。

…と、ここまで長ったらしく書いてきましたが、最後に。

先述したドラマトゥルクのシンポジウムで、日本のドラマトゥルクの第一人者である長島確さんという方がこんなことをおっしゃっていました。

「往々にしてアーティストは自信過剰か極端に自信をなくしているかのどちらかだから、現場でそのバランスをとるのもドラマトゥルクの仕事。」

と、昨日演出家が書いたであろうこのブログの文章を読みながら、あぁ演出家だって不安なんだな、と、当たり前のことを少し新鮮に思いながらこの長島さんの言葉を思い出したのでした。

考えてみれば自力で行う初めての公演です。きっと関わるみんな多かれ少なかれ不安です。

そんな今回の公演が間違いなく上手くいくように、関わる人みんながもっと面白くなるような良い現場にするべく平泳ぎ本店にはドラマトゥルクがいます。

「埋められる隙間なら片っ端から埋めたらぁ!」と、ドラマトゥルクはやる気です。

nodding lettuce Co./松本

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